Maya Daichi

言語:日本語・英語・ロシア語  活動場所:関西・東京・アメリカその他、ご縁があるところは世界中飛んで行きます~♪♪セミナー開催はリクエストに対応可能です。お気軽にご相談ください☆
080-3857-7181

インストラクター認定

  • 基礎:10/5/24
  • 応用:10/5/27
  • 豊かさ:10/5/27
  • レインボー:10/8/13
  • アナトミー:10/8/6
  • ワールド:11/8/26
  • 病気と障害:11/9/2
  • DNA3:10/9/17
  • ゲーム:12/8/22
  • プラント:12/8/2
  • Family Ties:15/9/5
  • ディグ・ディーパー:15/9/5
  • マスター:11/9/2
  • サイエンス:11/9/2
  • シータ認定プロコーチ:13/8/1

大地摩耶 (Maya・神戸)のセミナー 一覧

ブログ

プロフィール

私たちの住むこの世界をよりよくするために自分に何ができるのかー。
それを自分の目で見て肌で感じたいー。

子どもの頃から抱いていたこの夢は、今までに世界45カ国を旅するなかで叶えられてきました。ボランティア活動や留学を通じて世界中の人と語り合うなかで気がついたこと。

それは、「一人一人の心が豊かで平和であることが世界全体の豊かさ、平和につながる」ということでした。

そんなMayaが提供する「自分の癒しが、周りの人たち、そして世界の癒しにつながっていく」ことを実感できるシータヒーリング。

自分の夢、そしてこの世界に生まれてきた大いなる使命を生きることにつながる内なる旅へ一緒に出かけませんか? 

☆シータヒーリングインストラクター(サイエンス)& 認定プロコーチ
☆シンガーソングライター
☆ボイス・サウンドヒーリング Sound Journeyプロデュース
☆ナチュラルスピリチュアルコミュニティー Mother Tree 主宰

☆ブログ☆ http://mothertree-maya.hatenablog.com/

上智大学外国語学部ロシア語学科中退
大阪大学人間科学部卒業
国立音楽院卒業
ユング派プロセス指向心理学インテンシブトレーニング修了
漢方養生指導士コース修了


☆Mother Treeのサロンのある場所☆
東経135度のライン上で『ガイアの法則』(千賀一生著・徳間書店)で文明の中心のエネルギーがそこにシフトしているということが取り上げられて以来話題になっているエリアで、続々と全国からスピリチュアリストが移住してきています。

特にMother Treeのサロンがある場所はパワースポットである五色塚古墳と海に挟まれた場所で強力な磁場のなかにあり、深いヒーリングが自然とその場にいるだけで起こる、ヒーリングには絶好の環境です。是非この土地の自然のエネルギーを感じに来て下さい。そしてシータでさらに深く癒されましょう☆

以下がMayaの詳しいプロフィールです。

<子ども時代>
神戸生まれ。
色とりどりの世界中の人が笑って手をつないでいる、そんな世界を子どもの頃から夢見てきました。

外向けには経済的に恵まれた幸せな家庭で育ちましたが、父親がバブル崩壊とともに事業に失敗、破産し、救いを求めて
様々な宗教を点々と渡り歩くようになりました。そのことがきっかけで宗教的なことを嫌っていた母親との対立が深まるようになりました。

夜、二階の子供部屋へ寝にいくと大げんかが始まり、両親のことが心配で眠れず、いつも階段の一番上の段に座って遠くから気配を伺いながら、起こっていることに耳を傾けていました。

その頃から、自然と平和な日本にいる自分の環境と対局にある世界の貧困、紛争や対立、格差、そして日本の戦争の歴史について思いを巡らせるようになりました。今思えば、スケールこそ全く違うものの、自分の家庭の状況と世界の問題のつながりを無意識に感じていたのでしょう。

さらに、阪神大震災で被災した経験は、平和なときも、どんな危機状況においても一切、道具や物に頼る事なく世界中の人の役にたてる方法は何だろうと模索するきっかけになりました。

<大学時代~20代>
国連で活躍した緒方貞子さんに憧れて上智大学の外国語学部ロシア語学科に入学。

世界の北から南、東から西へあらゆる場所を自分の目で見て肌で感じたいという子どものときからの夢を叶えるため、大学を休学して高校時代からのアルバイトで貯めたお金で、ボランティア活動などでお金をつなぎながら世界旅行に飛び出しました。

デンマークではInternational People's College に1年留学しました。

北欧独特の国民高等学校(フォルケ・ホイスクール)という位置付けで、「生きるための教育」ということがモットーとされていました。この学校は全寮制で世界30カ国以上からの様々な宗教、年齢の多種多様な背景を持つ人たちとの共同生活を通して世界のことや、平和について学ぶことができました。

まるで学校のなかに地球がまるごとあるようなそんな経験でした。

また、この学校はヨーロッパの第一次世界大戦の反省から創立された学校で、国、宗教などの違いを超えて多様性が受け入れられる環境がありました。

ここでの自分と異なる背景を持つ人たちと一緒に生活し、語り合った経験が、日本社会の枠から離れて自分を客観的に見つめ直すきっかけになりました。

それぞれが自分のために心から学びたいと思うことが学べる仕組みがあり、成績などによって評価することが禁じられているのがこの学校の特徴でした。

先生も生徒もフラットな立場でお互いをリスペクトし、受入れ合う安心安全な環境があり自分のなかの無限の可能性がどんどんと引き出され、いのちが輝きだしていくー。そんな感覚でした。

同時に、世界中から学生が集まっているこの学校ならではの、日本に住んでいるときには決して経験することのなかった
世界の現実にシリアスに向き合うべきことにも直面させられました。

私のルームメイトはチベットの難民の子だったのですが「チベットは中国の領土だ」というある中国人の学生の心ない言葉に一緒に心を痛めるということがありました。

またあるときは、学内の日本を紹介するイベントで日本の童謡、「あかとんぼ」を世界中のみんなで歌おうとしたところ、韓国人の学生全員が退席するということがありました。あとから聞いてみると、日本語を学ばさせられる状況が彼らの祖父母が経験した日本の植民地支配時代の記憶へとつながり、いてもたってもいられなかったそうです。幸い学校側に、このような民族間の対立に関してしっかりと向き合うというバックグラウンドがあり日本人学生と韓国人学生グループの対話をサポートしてもらえたのですが、このことは歴史をしっかりと受け止めながらもいかに乗り越えて、アジアの平和を創っていくか、という大きな命題を与えられたような出来事でした。

<ターニングポイント>
このような様々なリアルな体験を世界でしているうちに、自分自身が日本社会で育つなかで今まで信じてきたこと、大切だと思ってこだわってきたことがガラガラと音を立てて崩れ落ちるようなそんな感覚があり、自分の進むべき道について迷いを感じるようになりました。

幸いにも、学校内で音楽ユニットを一緒に組んでいたハーバード大学で教育学を学んだオーストラリア人の恩師がメンターとしてそのような悩みに向き合ってくれるようになり、仏教、心理学、哲学をはじめ、スピリチュアルな考え方を個人的に教えてくれるようになりました。

「何ももたないことで、サバイバルの力が呼び起こされ、Mayaの内側にある無限の可能性が発揮できるようになるよ」

この言葉をきっかけに、「手放す」ことの実践として幼いときから乗ってきたレールを手放すため、大学中退を決意しました。

もちろん、はじめは親にも大反対されましたが、思いの真剣さを受け止めてもらうことができ、一般的な大学生が社会から期待されるこう生きるべきという重荷から解放され、まっさらな自分になって本当に自分がこの人生のなかでやりたいことについて見つめ直すことができるようになりました。

<社会人経験>
その中でやってみたかったこと。それは、実験的に社会に飛び込んで、自分で働いてお金を得ることから、世の中を大きく動かすお金の仕組みなどを知るためということでした。そのため、ひとまず帰国し、広告業界に就職。

今まで世界中を自由に渡り歩いてきた自分にとって自分の国の資本主義社会の内部に入り込んで仕事をすることが、正直一番大きなカルチャーショックでした。

それは世界360度自由自在に動けてどんなことも可能だと思って生きていた自分がどんどん小さく萎縮していくような感覚。

「自分はどこかおかしいのではないか・・」、と悩んだときもありましたが、組織のなかに存在する固定の価値観の枠に自分を無理矢理はめてごまかしながら生きることが自分には単純に向いていないと気がつき、改めて他の何者でもない、自分の方向性を模索するようになりました。

<内なる平和が世界の平和>
「自分の力を本当に役立てることのできる仕事をしたい!」

そんなとき、デンマーク時代の恩師からNGOの活動を手伝ってほしいという誘いを受けたことをきっかけに一旦社会人生活に区切りをつけもう一度世界に飛び出す決断をしました。

そして、イスラエル・パレスチナ等の地域紛争によって分断された人々に中立で安全な出会いの場を提供し、両者にコミュニケーション、リーダーシップ等のライフスキルのトレーニングなどを通じて対話を促進するNGO、Crossing Borders の活動にボランティアでかかわるようになりました。

そこでの経験から何かをしようとする(Do-ing)よりも、中立な立場から観察者として人々を愛を持って見守る、よいリスナーであること(Be-ing)が何よりも大切であると気がつつきました。

また、理屈で問題に向き合うと対立が解消するどころか深まる一方であるのに対して、ハートで感じることによって両者に共感が広がり、場の雰囲気が大きく変わるということを経験しました。

ある日のクラスで、イスラエル、パレスチナの歴史をめぐる激しい対立が起こり、物別れに終わった日の夜のこと。

中立な立場のミュージシャンがふらりとギターを持ってきて、誰もが知っているようなジョン・レノンの「Imagine」の曲を演奏しだしました。

すると次の瞬間、私は目を疑いました。

今まで激しく争っていたイスラエルとパレスチナの人たちが、肩を組み、一緒に歌を歌いだしたのです。

そしてはじめは一組だったのが、自然とその場全体にさざ波のように広がっていったのです。

そのときほど、音、すなわち目に見えないエネルギーが人の心を溶かす、ということを実感したことはありません。

それは対立が激化していて絶望的な状況での一コマで、心が震える瞬間でした。

「表面的には問題がたくさんあっても、深いところではみんなつながっているし、それを求めている!」

きっとその場の誰もがそれを実感したのではないでしょうか。

このような実際のフィールドでの体験から得た学び、洞察を大きなスケールでの平和構築に生かしたいと考えるようになり、それを普遍化するための平和研究を志すようになりました。海外の大学の留学も考えましたが、世界のなかで日本ができることを追及したくて大阪大学人間科学部国際協力専攻コースに入学しました。

平和のためのコミュニケーション教育の重要性についての研究のためボランティアを継続し、日本と中東、アフリカなどの紛争地を往復しました。そして世界全体の平和のための人々の対話、内面の癒しの重要性について論文を執筆し、卒業時に大阪大学人間科学部賞を受賞しました。

また、在学中より国内でも小中学校・高校や大学で異文化間コミュニケーションや平和教育を行う仕事をライフワークとして行ったり、フリーランスで書籍の企画・編集を行い、平和教育や、ホスピスなどの終末期医療やスピリチュアリティーに関する情報発信も力をいれるようになりました。

<シータヒーリングとの出会い>
大学の授業で、臨床心理や精神医学について学んでいたとき、母と離婚後、一人暮らしをしている父親が統合失調症を発症しました。

もともとコミュニケーションがうまくなく、まわりの家族、親戚とのトラブルが耐えなかった父の問題を娘の私が一人で抱え込む状態になってしまいました。

本人は病識がなく、治療を一切拒んだために、警察の助けなどを得て、死にものぐるいで何回か連れて行った精神病院も、運悪くベットが足りなかったり、本人が同意しないという法律的な壁があったために入院できない絶望的な状況。

そのような強制的に精神病院に入院させられそうになっったトラウマのショックから、父親は一歩も家から出ない引きこもりになってしまいました。

そのため助けようとして訪問しても、インターホン越しに罵倒され、ドアさえあけてもらえず拒絶されて、精神的に傷つけられることの繰り返しでした。

妄想が激しく、西洋医学的な既存のアプローチが一切通用せず、普通の意識では理解できない状態の父親のことを誰にもわかってもらえないという思いが蓄積して、自分自身もアトピーがひどくなって敏感体質になり、心も身体もボロボロでつらい状態になってしまいました。

それは私にとっての人生最大の挫折の経験でした。

今まで、世界の遠くの人たちのサポートを一生懸命してきたのに、一番身近な家族に何もできないー。

無力感を感じながら、直接関わることのできない父親をどのようにサポートするのか?と模索する日々。

そんなときに偶然出会ったのがシータヒーリングでした。

「自分を癒すことが世界を癒すことにつながる」という自らの経験から生まれた信念に対して、量子力学的エネルギーの観点から証明されている具体的裏付けや、シンプルながらも奥深いエネルギーヒーリングのアプローチの存在に心が震える経験でした。

自分の癒しへのコミットが、遺伝的につながっている家族に直接働きかけなくてもエネルギーのつながりから、自然と影響を与えることができるということに大きな興味を持ちました。

そして私の内面への旅が始まりました。それはどこまでも深淵なる旅ー。

ひとまず足を踏み出せば、時空間をこえる自分の内側の旅は物理的に世界を旅するかのように未知なるもので、わくわくに溢れていました。

自分を深く知ることがこれほど喜びに溢れていると知りませんでした。それは周りの人たち、そしてこの世界を知ることにつながっているからー。

また、癒しを進めるなかで、自分の人生の厄介に思っている課題やトラウマ的な体験でさえもが自分の魂の選択であり、
そこに向き合うことがスピリチュアルな成長の栄養となることに気がつくようになりました。また病気や身体症状も魂からのメッセージであるという観点から、それと戦うのではなく、耳を傾けることでより深い自分の声を理解することができるようになりました。

そしてその未知のエネルギーを自分に統合することが、自分の全存在を生きることになり、それによって宇宙のサポートを受け取る回路が、開かれていく感覚を体感しました。

また、そうすることで既存の価値観を超えて、本来の自分の魂の夢を生きれるようになるとに気がつきました。

そのような流れでシータヒーリングの世界に誘われました。はじめは現実的な問題を解決することを望んでシータヒーリングを学び始めたことが、気がつけばシータヒーリングが自分の意図を超えて大切なライフワークとなりました。

今は、経験を生かしながら、宇宙からのサポートとともに、一人ひとりが本来持っている癒しの力を引き出すこと。そして、それぞれのオリジナルな無限の可能性・創造的な力とつながるお手伝いをさせていただく仕事に心からの喜び、充足感を感じています。

シータヒーリングは外側にばかり意識を向けていた私に父親がくれた大いなるギフトー。

シータヒーリングで癒しを進めた結果として溢れ出す、ひとりひとりの創造的なエネルギー。その豊かさを現実的に形にしていくサポートをし合うゆるやかなコミュニティーづくりに力をいれています。

スピリチュアルな世界をふつうのことばで語り、スピリチュアルな生活がふつうの人たちの日常のなかに浸透していき、お互いに創造的に生きることをサポートしあっていく。そんな心がやすらぐ場所ー。

将来的には、光とともに生まれてくる子どもたち(レインボーチルドレン)が無限の可能性につながりながら、自由に内側を表現できるような学校も創るぞお・・と夢見ています。

趣味は、海のそばを散歩・歌うこと・ピアノを弾くこと・作詞作曲、ヨガ(特にアシュタンガヨガ)・サーフィン・スノーボード!

内側の世界と外側の世界の架け橋となって、一人一人の内なる豊かさ、輝きの波動で母なる地球全体の波動を高めること。そして、よい世界を一緒に創っていく仲間たちに出会えるのを楽しみにしています☆



コメント

ページ上部へ戻る